YUKI YAMAMOTO山本雄基

天球のオマージュ- 山本雄基

ベンジャミン・ドゥデンホフ (Peter und Irene Ludwig Stiftung キュレーター) / 2020
⼭本雄基の絵画は、ヴィジュアルデザイナーたちが “アイキャンディ”(⽬の保養)という言葉で呼びがちな側面をもつ。短時間だけ注⽬を集める “アイキャッチャー”(⼈⽬を引くもの)とは対照的に、アイキャンディは⾒る⼈の視線を捕らえて離さず、見続けて視覚的なデリカテッセンを堪能するようにとそそのかす。⼭本の絵画は視線をそらすことが難しい強烈な視覚的な喜びを⽣じさせる。これは、山本の作品が円というたった⼀つのモチーフの使⽤に依拠していることを考えると驚くべきことだ。しかしながら、円というたった一つのモチーフはとてつもない創作意欲をもって扱われている。構成は、厳密にアレンジされたカオスと秩序の絶妙なバランスを⽰し、⾒る者を圧倒することも退屈させることもない。この視覚体験はどのようにして⽣まれるのだろうか?

2018年作の無題の絵画(下図参照)を基に、⼭本の制作⽅法を精査してみよう。円が恣意的に分布されているかのような最初の印象は、見かけ上のものである。よく⾒ると、この作品が体系的に構成されている事実が明らかになる。左上の隅にある⾚い円が⼀つの良い例だ。その直径は、この作品の中の多くの他の円を描く際に基準値として使われている。例えば、それは、絵の左端にある⼀定間隔で増加する間隔で垂直に再出現する連続する円の開始点として機能している。したがって、⼆番⽬の円は⼀番最初の円の下の直径の半分に位置し、互いの中⼼と外縁が重なっている。三番⽬の円は⼆倍の間隔の下に続き、⼆番⽬の円の外縁だけに接触している。その間隔をさらに⼆倍にすると、三番⽬の円と四番⽬の円の間にちょうど⼀つの円の直径であるフリースペースが作られる。この時点で、進⾏のロジックが変わってしまう。次の円は、予想される⼆つの円の代わりにちょうど三つの直径の間隔に続く。このような数列の連続がキャンバスの端により中断されるため、⼆倍の法則からの逸脱は例外なのか、それともより⾼いレベルのルールの存在を示唆しているのか判断することができない。続いて描かれる想像上の円たちは全て作品の外側に配置されるからだ。絵画の端で円の進行が突然途切れることで、円の連続は作品の境界線を超えていく。⼭本は、作品の縁によって部分的に切られた他の円も同じように扱っており、その結果、閉ざされた空間を描くのではなく四⽅に広がった空間を描いているのだ。この印象は、中⼼と顕著な対称性の両⽅を放棄した構成によってさらに強調されている。⼭本の絵画は無限の空間からの抜粋のようにも⾒える。

この絵画全体が緻密な構造学(テクトニクス)に基づいている。絵の左端の列は、⾼さが 10.5 個分の直径と横が 8.5 個分の直径をもつ絵の基本を作るグリッドの垂直線を形成する。水平のグリッドについては、左側の⻘い円と絵の右端にある向かい合う⻩⾊い円がひとつの目印となっている。他のすべての円形はこのグリッドから由来していると予想されるだろう。それだけに、山本が、⾃⾝が提起した体系の裏をかいていることに驚くのだ。絵の左端にある⻩⾊い円とその⽔平⽅向に対応するもう⼀つの⻩⾊い円がある。⼆つの形の間の間隔は明らかに任意に選ばれ、円の直径と半径の長さを基に構成されるグリッドに従属していない。ここで⼭本は、この絵画を構成する要素を予測不可能なダイナミクスへと持ち込む。構成要素たちは、反転、連続、数列、グリッドといった秩序を示唆しているが、しかし山本はそれらを構成の決定的なモチーフとなるほどに形式化することは決してない。だが同時に、依然として作品の表⾯下にそれらの秩序があるように感じられる。こういった規則がなければ、構成のテクトニクスは崩壊するが、規則に無思慮に従えば、構成は単なる幾何学的な表⽰板となりさがってしまうだろう。構成の緊張感は、規則とカオスの間のバランスから生まれている。

「上記の要素は、配列に意図的に規則を与える要素です。それらを不明瞭にするために、他のランダムな円が豊富にあり、それらを全体の調和の状態を達成するために混ぜ合わせています。ルールがあったほうが良いのですが、それらを読み解く必要はありません。私はたくさんのルールが混在している状態を作り上げることが⼤切だと思っています。円は全てのルールを超えて、見ることに影響を与え続けています。それは秩序とカオスの同時的な存在の多様性と可能性です。」⼭本雄基

⼭本の絵画で最も⼤切な要素の⼀つは⾊である。規則はここにも⾒つけることができる。絵の左端の円たちの⾊の値は、上部が⾚で始まり様々なオレンジの⾊合いに広がりついには濃い⻩で終わる分かりやすい勾配をしている。これらの⾊の配列を遮るように、4番⽬と3番⽬の円の⼀部に重なるように⼤きいピンクの円が挿入されている。これはフィルターのように作⽤し、それに覆われている全ての領域を⻘くしている。このタイプの色彩値の相互作⽤の描写は、美術史において、ジョセフ・アルバース(1888-1976)の作品にもみられる。アルバースの後期の作品は専らこのたった⼀つの主題に捧げられている。元バウハウス教員のアルバースは、1950年から1976年、有名な作品シリーズ「正⽅形へのオマージュ(Homage to the Square)」を作成した。このシリーズではどの絵画でも、中央からわずかに下にずれた位置にある正⽅形を中心に、その正方形を縁取るように2つか3つのさらなる正⽅形が描かれる。アルバースはこの基本的な幾何学的構成によって配置された正方形の⾊調の異なる組み合わせを試みた。2000以上の個々の作品は、他のどの⾊調と組み合わせているかに応じて、同じ⾊が透明または不透明に⾒え、空間的な⾼さや低さの印象を作ることができることを明らかにしている。しかしながら、アルバースが⾊の相互作⽤を体系的に考察することを目指したのに対し、⼭本の色の扱い方ははるかに遊び⼼がある。アルバースの実験的な絵画では、明確な編成によって並ぶ3つか4つの⾊の層によって構成されているのに対し、⼭本は部分的に前後に跳ぶ無数のレイヤーを扱い、その数と連鎖を見る者が再構築することは不可能である。⼭本は⾊の相互作⽤の分析ではなく、多焦点の奥⾏効果を作り出す複雑な視覚的感動を達成することに関⼼がある。多くの点で、⼭本の作品はアルバースの「正方形へのオマージュ」の逸脱した突然変異のように振舞っているようだ。アルバースの構成は厳密に対称的な構造のために静的で閉じられているように⾒えるが、⼭本の絵画の空間は柔軟で、動的で、開かれている。新しい⾊のレイヤーが増えるごとに、形式的な複雑さが増えるだけではなく、作品の関連性の意味領域も増えている。

「私はキュビズムの多次元性、時間の概念の多様性、またはわずかの間、重複する可能性のある並⾏宇宙の理論など、多種多様なものにインスピレーションを得ています。」 ⼭本雄基

アルバースのシリーズのタイトルに因んで、⼭本の絵画は “Homage to the Sphere” (天球へのオマージュ)と呼ぶこともできるであろう。円というモチーフは、さらなる解釈の視野を開いている。アルバースの分析的な正⽅形の中⽴的な図とは対照的に、細胞などの⼩宇宙の物体から惑星や星などの⼤宇宙の物体に⾄るまで、円い形状は数々のものを連想させる。⼭本の球形の世界は、⽣物と無⽣物の宇宙の多種多様なイメージを統合する。また、作品が描かれる過程は、宇宙が生成する過程のアナロジーとしても理解することができるだろう。宇宙が無限の様々な現象が発⽣する基本的な物理メカニズムを基としているように、⼭本の絵は外見上は単純な規則に基づいているように見えながら、各工程でより複雑になってゆき、最終的には、私たちの視線が終わりなくさまよう視覚空間を形成するのだ。洗練された錯覚効果が、作品に多次元的な印象をもたらしている。⼭本のキャンバスは三次元的な空間ではなく、純粋に視覚的な表⾯であり、その背後には何もない。もし宇宙のアナロジーとしてこの絵画の魅惑的な詩情にふけるなら、そのどちらも私たちに最終的なスピリチュアルな真実を差し出してくれるわけではないという結論を恐れてはならない。しかしながら、その認識に辿り着くまでの道は、見る者にとって貴重で喜ばしい視覚の旅となるだろう。

- Yuki Yamamoto Painting 2011-2020 / Mikiko Sato Gallery (2020年発行) 掲載
Untitled / 2018 / Acrylic on canvas /210×170cm /